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2月のこと①

もうどうして2月ってこんなに早いのでしょう。。日にちの少なさ以上に短さを感じます。

公私ともに本当に色々なことがあった2月でしたが、そのなかからフルートに関係することを2つ、綴りたいと思います。

まずは、高校から大学学部卒業まで習っていた恩師三上明子先生のこと。


先生の突然の訃報を聞いたのは、秋のコンサートシーズンの真っ盛りで、ホールリハに向かっているところでした。

翌日の演奏会を終えてその足で東京に向かい、なんとか安らかなお顔を束の間見ることだけはできました。


葬儀は身内で行われたため、先月、音楽関係者へ向けてのお別れの会が開かれました。

先生のお人柄そのままの温かく和やかな会のなか、藝大門下生の献奏にご一緒させていただきました。

見たことがないなと思っていた祭壇のお写真は、コロナ禍に撮影したプロフィール写真だそうで、これからますます演奏活動をなさろうとお撮りになったと…


大学を卒業してからも、練習や本番のたび、この演奏を先生が聴いたらどう仰るだろうなと思ったり、指導をしていても、先生ならどう教えるかなと想像したりしているので、先生がいないことが未だに信じられず、すぐにお会いできるような気がしたままでいます。


先生のレッスンは時に厳しくも、個性を決して否定することなく、持っているものを伸ばそうと向き合ってくださる愛情溢れるものでした。


数年前、国際コンクールを受けるために久しぶりにレッスンをしていただいた時、少し弱音を吐いたら、

「あなたがとっても芯が強い人だってことは昔からよくわかっているから、何があっても大丈夫よ!」

と、いつもの鈴のような声で励ましてくださいました。


その後、優勝のご報告とお礼のご連絡をした時には自分のことのように喜んでくださいました。

コンクールや試験ではうまくいかない方が圧倒的に多かったですが、そういう時の先生は本当に温かく、自己嫌悪する私に寄り添い心から励ましてくださいました。それを聞いて毎回涙したものです。


お別れの会では久しぶりに門下の先輩後輩にもお会いしましたが、これだけ個性豊かなフルーティストを育てられた先生の偉大さと、三上門下の一員であることの幸せを改めて感じました。


思えば、藝大受験という当時の私にしたら身の程知らずな挑戦をしたのも、音楽界の最高峰の指導者たちから学べるからという理由だったのですが、それはいずれ自分が教えるときのためでもありました。


マイゼン先生にはじまり金先生と、数年続いた恩師達の訃報に、ふとした時に未だにとても悲しくなってしまいますが、先生方とその音楽は残された私たちのなかにずっと生き続けています。


先生方、また向こうでお会いできるのを楽しみにしていますね。


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